色絵紅梅紋鶯徳利(清水焼)

1950年代、冠婚葬祭は自宅で行うのがあたり前の時代であった。そんな日に、父が持ち出したのがこの徳利。お酒をそそぐと鶯の鳴き声がするのである。大人たちの中に紛れ込んだ幼い私は、この不思議な仕掛けの徳利にひどく引き込まれたことを憶えている。盛りあがる酒席の中で聞いたあの鮮やかな鳴き声は、遠のいた時代の私だけのファンタジーである。昨年の秋、壊れかかった実家の蔵で偶然見つけた。

高さ144mm、口径60mmの六角形の徳利。裏底には窯元の「玉穂」の文字と、実用新案登録のナンバーが配置され、傍らに金文字で清水とある。酒をそそぐ動作で「ホー」、戻す時に「ホケキョ」と空気の出入りで鳴く仕掛け。一部にヒビが入っているが鳴き声に遜色はない。かたわれの猪口もきっとあるはずだ。こんど帰郷して蔵のもっと奥を探ってみたいと思っている。

吉岡 康正,2015.03,vol.120

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