猪の牙

子丑寅に鼠牛虎と動物を当てた十二支、申酉戌亥、おお猪は殿(しんがり)か。十二支の動物達にちなむ道具を挙げて「道具の動物園」をつくったらどうかとアイデア暴発。十二支をクリアするには12年の長期連載になるが、後には退けない、と決行。さて、猪に関わる道具は、猪口(ちょく)と出たが、鍾(ちょく)の福建音・朝鮮音の宛字で、猪突猛進の実体感を欠くので却下、さて―。

金銀砂子の襖絵を細工する(描く)砂子師が猪の牙を使っている。金銀箔片を蒔(ま)砂子細工の手法は「蒔き」と「研ぎ」。「蒔き」は箔片を網を張った竹筒に入れて蒔く(振り出す)。「研ぎ」は版木の上に紙を置き、極微の箔片微塵(みじん)・揉(もみ)を蒔いて、猪の牙で擦ると模様が浮き出る。

プラスチックの贋造牙では駄目。薄く作ると強く擦れず、すぐに摩り減って穴があく。厚く作ると熱をもっていけない。猪が樹の幹で牙を研いでいるのを見付けて、人が「研ぎ」に使った―伝統の技術はそういう見付(めっ)け物(もん)の集積なのであった。

参考:『和風探索-にっぽん道具考』山口昌伴著、筑摩書房、1990年刊
取材先:板橋区・田中健助商店 社長 田中純一さん
写真:本郷秀樹さん

山口 昌伴,2007.01,vol.022

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