良い道具の佇まい

 精緻無双のスクラッチモデラ―、高梨廣孝さんの作品集『ゼロからの出発―1/9の小宇宙』を拝見して驚嘆しました。作品は勿論、制作に用いた道具説明の画像に見る糸鋸からもオーラを感じました。尋ねたら本人曰く、学生時代から60年間使い続けて他に代え難い由。身体の一部と化した道具でした。
 糸鋸が日本に導入されたのは明治期以降です(それ以前の匠は刃タガネで切断)。構造はシンプルかつ機能的で、目的に合わせて刃を交換可能です(替え刃の定番はドイツ製ヘラクレス)。但し、刃を折らずに自在に切り出すには修練が必要ですし、ネジ部の精度が低く弓部が歪み易い安価品では長期間の使用に適しません。
 高梨廣孝さんが学生時代に師事した三井安蘇夫教授は、金工作家としても指導者としても素晴らしい人格者でした。良い教育者が良い学生に与えた良い道具故に、ゼロからの出発を支える伴侶と成り得たのではないか、と勝手に妄想した次第です。

(石崎 友紀 2019/09)

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