婚約の指輪

友人であるK君が恋をした。かわいい彼女Yさんに「結婚して欲しい」と告白したい。この想いを言葉ではなく伝えたいがためにつくりあげた、世界で唯一の「婚約指輪」である。この1ヶ月、彼は彫金デザイナーとひとつになって、ダイヤモンドを探し、彼女の好みを想像し、意匠に意味を込め、シンプルだが極めて美しい指輪を極秘のうちに完成させた。こんなこと一生に何度もできることではない。何が、ここまで彼を集中させるのか。婚約指輪― 愛の証しを、薬指に装着する道具。「証すこと」がこの小さな道具のとてつもなく大きな役割だ。さらに職人の高度な技術が想いを支える。この指輪、リングの内側に、K君のイニシャルであるIの小文字が凸型で刻まれている。Yさんの薬指には、スタンプで押したような「i」が、凹んで残るようになっている。

これを渡すのは間もなくやってくる彼女のバースディ、東京湾の船の上。失敗の可能性が無いわけではないが、それも人生か。

山田 晃三,2017.02,vol.139

シェアする