物語のある筆記用具
古い「PARKER」のボールペンを使っている。餞別として頂いたものだ。以前、神戸華僑の歴史に興味をもって調べていた際、自身の父親の話をしてくれた方がいた。20世紀初頭、中国と日本の間で、父親は金融の仕事をしていたという。日本人女性と結婚することができたが、晩婚だったそうだ。しかも、一人息子が幼い頃、妻が傷寒病で亡くなり、男手一つで息子を育てたそうだ。「父親の苦労を理解した時には、父親がすでにいなかった」と彼は溜息をついた。2007年に上海の大学へ赴任する直前、この方は、父親の形見のシルバーのボールペンを「使ってほしい」と言って、私に渡した。
生活の場が変わる度にこのペンを荷物の中に仕舞っておいたが、使うことはなかった。最近、自宅で手書きすることが増え、このペンを使うことにした。休憩時間にお茶を飲みながら、今、このペンのことを知っている人間は、私しかいないのではないだろうかと、この筆記具とかかわることに思いを馳せると、過去と現在の間に漂っているような気持ちになる。
高 茜,2021.06,vol.169