ふだん着で、はたらき者の手の道具―ゾーリンゲンの万能鋏―
この絵はがき通信、晴れの舞台にのせてあげたい道具は? といわれて、見まわしたら、輝きを増して目立ったのが、この万能鋏。わが家にいただいた新婚祝いの贈り物の一品。結婚は1971年、ですからこの鋏、その年生まれとして44歳のはたらき盛り。5回の引越しでキッチンが変わっても迷子にならず存在をアピール。栓を抜いたり、木の実を砕いたり、かたいスルメや昆布の細切りが大変な作業の松前漬。人の手の求めに応じて手助けしてくれるこの手道具、万能を多用しつづけて何十年。そしてこの先も……。
指を入れる環の外ぶちに、塗りの名残が一寸(ちよつと)だけあります。もとは手元全体が綺麗な赤の若やいだ晴着姿でしたが、はたらき詰めるうち、その晴着をいつしかふだん着に衣がえ。はたらき盛りの人ならば、20年もたたずに老いの陰、この鋏では何百年はかかりそう。
食文化の古今東西も人の寿命もこえるドイツの手道具に、道具のほんとの力を見直しました。
山口 孝子,2015.06,vol.123