設立趣旨

 人間は肉体の能力を強化し、精神を高め、感性を深め、五感の機微を楽しむために、さまざまな人工物をつくり出してきました。石包丁から旋盤まで、土器から自動炊飯器まで、履き物から自動車まで、笈竹からコンピュータまで、メガフォンからインターネットまで。これらをひっくるめて、より人間的なる生活の道に具える多様な人工物を「道具」と総称することにしましょう。

 人間のつくり出した道具のありようをつぶさに見すえることによって、これからの人間一生活一道具のあり方を考えていくこと、これを「道具学」といいましょう。

道具の時代

 人間が道具を変え、道具が人間を変える。人と道具の相互作用が一段と活発化し、時代の主題になったのが、近代一現代の、人類史における大きな変革でした。
 21世紀を新しい時代にしていくためには、「道具の時代」とはどうあるべきかを、体系的に研究しなおしていく「道具学」の視点がいまこそ必要です。

道具学とは

 人類は、道具と言語という二つの大きな発明をもとに、進展を遂げてきました。言語の方には言語学が確立しているのに対し、道具の方に道具学が確立していないのは、大きな欠落といってよいでしょう。

 壮大な道具世界の本質と、体系としてのあり方、道具そのものの生態、生存の論理、道具の思想、哲学、美学などの視点から過去の、現在の、そして未来の、「道具の時代」を斬りなおしてみる必要があります。

 言語学は文化人類学の補助字から、文化人類学を補助字とする普遍学に成長してきました。道具学も文化人類学をはじめとする諸学の成果 を活用し、統合していく普遍学として、言語学と対置されうるおおきな研究分野です。 

道具の現在一道具学の課題

 近代一現代における道具創出の発想の技術優先、経済優先に対して、現代一未来には人間優先、美と文化の高さを優先していく、方向転換が必要でしょう。技術と経済優先の道具づくりは自然破壊、環境汚染という地球規模の大きな問題を起しています。

 一方では現代に要請されているのは、高度大衆消費社会それ自体の見なおし、道具づくりの体系(システム)の再編成(リストラクション)です。たとえば障害者を支える道具を提供しにくい商業主義のしくみ、といった矛盾、など道具のありようが惹起している諸問題は枚挙にいとまがありません。道具がどんな問題を、なぜ起しているか、どう解決していくべきか、という課題を正面 にすえて挑戦していく専門の学、道具学の必要なゆえんです。

道具学は実用の学

 道具は科学技術の人間への、生活への適用であり、その適用の歴史と現況の是と非とを問い、正しい適用の道を模索していくことが道具学の使命です。

 たとえば自動車工学はあるが自動車とはどういう存在なのか、を問う自動車字一自動車道具学がない。電子機器がつくり出すシステムは急激な発展を遂げつつあり、人間生活の再編成を促す衝撃的な存在だが、電子工学はあるが、電子道具学がない。

 道具学は人間の精神と肉体を支える文化の所産としてっくりだされてきた道具のすべてを研究対象とする、という意味では、もっともアカデミックな学間体系の大きな欠落を埋める研究領域です。道具学は自然環境を守り、障害者をたすけ、生活者の人間性の回復、物質生活の豊かさ、精神文化の高さを開発していく「道具をつかう人」のための、実用の学であり、世直しの学でもあります。

道具の秘めたる可能性

 いま、工業化社会がうみ出す道具によってつくり出されてきた道具世界のありようの是を問い、非を知ることによって、新しい人間世界を開いていく、新種の道具を開発していくための、道具に関する総合的・学際的な研究をすすめることが,是非とも必要です。

 21世紀を望ましい「道具の世紀」としていくためには、道具学の研究組織が必要です。道具学会は、道具を考える人々、道具をつくる人々、道具をあきなう人々、道具を使う人々、そして道具にかかわりをもつすべての立場の人々の参加によって支えられていくべきでしょう。

 道具に関する過去から未来にわたるさまざまな研究の発展と相互交流によって、真に豊かな生活文化を創造していく「道具学会」の事業展開をここに呼びかけます。広範な分野から、とくに道具に直接かかわっている現場からの、多数の皆様のご賛同、ご参加を期待いたします。

道具学会会長 藤本 清春