山田 晃三
●「道具」というのは何とも古めかしい。
道具と聞くと、台所道具、大工道具、家財道具、等々目に浮かぶ。iPhone も道具だ。残念ながら住居や道路、自動車や宇宙船などは思い浮かばない。しかし、住むための道具、移動のための道具という使い方をすれば、道具の範疇は格段に広がる。道具学会はまず道具の定義からはじめる。そう、ひとがある目的のために、手段として必要とする「もの」を、道具と呼ぼう。となれば、道具とは、ひとがつくり出したすべての「人工物」のことである。ホモ・ファーベルの誕生から数十万年、いまに至る道具世界は、ひとと歩みを共にした、もうひとつの人間世界である。古いなんて言っていられない。壮大な研究対象がこの道具学会には広がっている。未来を考えることが研究の答えといっても過言ではない。
●「道具」というのは何とも魅力が無い。
自動車も売れない。家電もパソコンもかつての魅力を失っている。ものが溢れ、どうでもいいものが山のようにある。道具にひとの気持を惹き付ける力が無くなった。だが、僕には自分だけの大好きなものがいくつかある。あまたある服のなかでも、自分がいたく気に入っているスーツやネクタイ。眼鏡や万年筆。釣りの道具は使うことが無いのに磨きをかけている。自分が自分でいられる、という安心感を彼らは与えてくれる。「愛用の」道具は、僕を保証し、支えてくれる。考えてみればこれらは、自分の「分身」ではないか。自分が好きなものがそこにあるということは、自分の魂がその道具の中に入っているということではないか。道具に魅力が無いのではない。自分に、いやひとに魅力が無いのである。
●「道具」というのは何とも複雑だ。
この地球もエントロピーの法則に従えば、圧倒的に複雑で混沌とした環境に向かっている。道具世界もまた複雑で混沌に向かう。コンピュータはネット社会とつながりいったいどんな仕組みなのか想像もつかない。自動車ももはや動くコンピュータだ。外科治療などできやしない。道具たちが、情報技術やバイオ技術を身にまとい、意志を持ち、リアルとバーチャルの境を失わせ、ひとの存在に疑問を投げかける日が近いのではないか。さて、そこで道具学会では、こうした未来の混沌に、正しい答えを導く必要があるはずだ。その手がかりとなるのが「デザイン」という思考である。「美をもって機能を制御する」このデザインの力、単純化の力が、学会の刀のひとつとなるのではないかと期待している。
株式会社 GK デザイン機構(GK Design Group Inc.)代表取締役社長
54 年生まれ。愛知県立芸術大学、GK インダストリアルデザイン研究所入所後、92 年 GK とマツダとの合弁会社 GK デザイン総研広島に移籍、代表取締役社長を経て 12 年より現職。 日本インダストリアルデザイナー協会(JIDA)理事。日本サインデザイン協会(SDA)常任 理事。日本グッドデザイン賞(G マーク)審査委員。毛針釣りをこよなく愛す二女の父。
(2014/10)