里森 滋

私は福島で小さな小さな木工房を主宰している。儲かっているかというと、全く儲かっていない。でも作ることが大好き、その気持ちがあるから続けられている。若いころから志はとても高いが儲からない生活文化系の研究所で日本中を駆け回る生活をしていた。調べるだけでは面白くない、やはりモノを作りたいと40歳にして職業訓練校に入り、木工技術を学び、修了してすぐ工房を立ち上げた。その頃、幼子が3人いて周りで食えるのかとずいぶん心配されたが、やってみなきゃあ分かるまいと、工房をはじめましたと世の中に手を挙げた。以来、何とかここまでたどりつけた。今は職業訓練校も年齢制限があって、当時の私の歳では入れなくなった。しかし、何しろ木工だけではいかんともしがたく、サブの仕事をしながら25年余り工房を続けてきている。

60歳を過ぎた頃、自分が経験してきたことや、考えたことを文章にしたいと考えて、道具学会に入会した。たまたま木工で自作している治具のことを学会の絵葉書コーナーに投稿したところ、とりあげていただき、故山口昌伴会長から「治具研究会をつくったらどう~」と背中を押していただき、今道具学会で治具研究会の担当をしている。

道具といってもとても間口が広い、でもそれだけいろんな切り口で見ていける、ということだろうと思う。私は木工を生業としているので、そこを入り口にして考えることが多いが、そもそも棒1本だって道具になる。そこに人が関われば、いやチンパンジーだって棒を使うらしいから人だけと威張ってもいられない。経過する時間のなかでこの地球ではさまざまなことがあり、素晴らしいことも痛ましいこともありながら、人類は多くのことを体系づけながらまるでスマホを指で弾くように時代を先に送ってきた。植物の名前ひとつとってもそうだ、それがあるから私たちは古の人たちと語り合える。道具学会はそんなことをいろんな入り口から入って様々な事象を考察し、未来に想いをはせる場だと思う。私は今、ここにいることで、たおやかにいられる。

(2015/12)

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