佐野 隆
モノリス(映画「2001年宇宙の旅」)
太古の昔、猿人が骨を武器として使い、勝利のおたけびと共に空に放り上げる…と、投げた骨が宇宙船に変化する。…1968年に公開された映画「2001年宇宙の旅」の有名なシーンである。
骨を手に握り動物を打ち倒す道具として使う、また対抗する群れと戦う武器にも使う。単なる骨は猿人の手に握られて使いようによって食料を得る狩猟具となり武器にもなる。
数十万年後の現代、宇宙船のみならず我々のごく日常生活は装置化した道具に支配されている、そして多くの道具は手で操作されるように設計(デザイン)されている。
工業デザインという仕事に関わって40年ほどになる、社会に出てまず大手自動車メーカーでエクステリアデザインの職に就いた。自動車のデザイン開発のプロセスは最初に車体を基本的にヒトが入る箱として考え車の目的によってボディーデザインのイメージアイデアを展開する、アイデアが固まると実物大のモデルをつくり細部の確認をしてゆく、この段階から車を使うヒトとの関わり方の詳細を決定してゆくことになる、ヒトとモノの関わりあいに意味を持たせる道具化デザインの段階といえるかもしれない。車はまずドアハンドルを手で開けてから始まり、ほとんどの操作を手で行うような仕組みになっている。
結局10年ほどカーデザインに関わったが私はデザイナーの花形の様に言われるカースタイリングデザインよりも手で使う部分や道具、機能性デザインに興味があるのだという事に気がついた、そしてあらためて生活の周りを見回してみると手で使う道具ばかりなのである。次に就いたのは大手ベビー用品メーカーでベビーや老人福祉関連の商品企画、デザインする仕事だった。哺乳瓶をはじめもろもろのベビー雑貨や老人用の介護用品は車のような複雑な装置ではなく単純で明快な機能性と使い勝手が求められるごくシンプルな道具なのである。手で使うモノがほとんどでベビーサイズと大人のサイズを単一のモノの中でどう解決していくかがデザインの決め所である。またベビーと老人は人間の始まりと終わり、人生ステージの両端に位置するマーケットということが言える。車を運転するヒトの多くは人生ステージの中央に位置する訳だから、ちょっと大げさにいうと私は工業デザインを仲介にして人生ステージの全ての世代と関わることが出来たのかなと思っている。
手で持つ、操作する、などなどモノのデザインに対しての興味はいまだ尽きることが無い、身の回りのありふれた生活用品を改良し握りやすいモノに作り変え、使いやすく楽しい道具に作りかえる楽しみもあれば、最近のスマートフォンの指先の使い方にはスライドやフリックなどタッチだけでもさまざまな方法も興味深い、スマートフォンはまさに21世紀の道具というに相応しいモノだと思う。
さて映画「2001年宇宙の旅」には「モノリス」という正体不明、謎の物体が全編を通じ登場する、モノリスは黒くて四角い物体で、あたかもスマートフォンのようなプロポーションをしている。現にいま私は、この原稿用の情報集めにタブレット型のモノリス…ではなくスマートフォンを便利に使いながら書いている、それは映画の中で猿人といわれるサル達が「モノリス」に始めて恐る恐る指でタッチしたのと基本的には何も変わらない手のタッチ行為である、同様に今世界中で何億人のヒトがタッチしているのだろう…またこの先、現代の道具「スマートフォン(モノリス)」は未来の人類に何をもたらすのだろうか。
インダストリアルデザイナー/サノ・アイディー代表
(2014/09)