「穴八幡宮の流鏑馬(やぶさめ)像」― 蒼穹(そうきゅう)に射る渾身(こんしん)の矢

「高田馬場流鏑馬」は、江戸中期の享保13年(1728年)、8代将軍吉宗が、9代世子家重の疱瘡治癒を祈願して騎射挟物を「穴八幡宮」に奉納したことに起源を持つ。その後、その地は歴代将軍の「流鏑馬の馬場」として整備され、元文3年(1738年)には、10代将軍家治の誕生祝いに「神事流鏑馬」と称して執行され、以来その奉納行事となった。

一方、明治維新の神仏分離令でも、「流鏑馬」は「穴八幡宮」へ引き継がれ、第二次大戦後の昭和28年(1953年)には流鏑馬神事として再興された。その長い歴史を物語るかのように、参門には、「穴八幡宮流鏑馬像」が青空を背景に颯爽と佇んでいる。

2026年の干支は「丙午(ひのえ・うま)」。その意味する処は「この時の為にずっと努力を重ねてきた想いが芽吹き始め、花を咲かせる歳」とされる。今年こそ、堪え抜いて来た弓の弦を引き絞り、心に秘めた積年の想いを、確実に射止める時ではないだろうか。

藤本 清春,2026,vol.204

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