トートバッグ

人を好きになるのに理由などない。道具はどうか。

このバッグは10年ほど前、友人から誕生日祝いにいただいた。ハワイの老舗ブランドのものらしいが、その方面のことに疎い私。そんなことより「あなたは夏生まれだからこの色にした」という贈り主の心づかいがうれしかった。私は白い服が好きだ。バッチリじゃないか。

つきあいはじめたら、案外厄介なヤツだった。肩にかけると、白いシャツに遠慮なく色うつりして青いシミをつくった。かといって、手に提げると地面をひきずる。へんに持ち手が長いのだ。

でもなぜだろう。仕事場、図書館、スーパー、海……どこへでも連れていく。そのうち、白い服のときは身体から離し、提げるときは持ち手を短く持つクセがついた。汚れが目立つのでたびたび洗ってやる。まったくもって手のかかるヤツだが、洗いたてのすがすがしい顔、物干し竿にぶらさがり、陽を浴びて気持ちよさそうに風に揺れる姿を見ると、頬がゆるむ。

機能的で便利であればいい道具なのか。そういうことと愛される道具かどうかは別のことのようだ。幸せのかたちは十人十色。人と道具の出会いをとりもつものは何か。手放せない、その気持ちを育むものは何なのか。問うほどに、人って、道具って、おもしろい。

池田 久美子,2008.08,vol.040

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