竹稲子
『屋根裏の散歩者』は江戸川乱歩の推理小説。天井板の隙間からその下の部屋を覗く密やかな楽しみを傑作に仕立て上げた作品だ。私の場合は民家再生という仕事で屋根裏に入ることが多い。小屋組みの構造を調べるのが主目的なので上ばかり見ているのだが、ある時ふと天井に眼を落とすと不思議な部材が一定間隔で並んでいる。それがこの竹稲子である。長さ一寸五分(45㎜)ほどの可愛らしい部材だ。
日本間の天井は、厚み二分三厘(7㎜)の杉の薄板を棹縁の上に載せて釘で留めるのが昔のやり方。幅が一尺以上もある板は柾目取りしても乾燥すると反り返ってしまう。そうなると重なった板に隙間ができて間から埃が落ちるし、下から見上げると見苦しい。
そこで登場するのがこの稲子。バッタの蝗のように尻が跳ね上がっているのでこの名がある。相方の板に鋸で斜めに溝を作り、こちらの板は鉋で薄く削る。そこに三角形断面に削った稲子を斜めから差し込むと、ご覧のように板同士は密着する。こうして散歩者の楽しみは消えるのだ。
見えないところにも気を使う技術にも驚くが、そこで働く竹稲子に華やかな道具世界とは別のミクロコスモスを感じるのである。
大沢 匠,2006.06,vol.015