未完成の石器
私の机の上に黒い石器が置いてある。時折ながめている。石は小さなものだが、ずっしり重く硬い貞岩である。1万年ほど前の縄文早期に、たぶん石斧として製作途中に放棄されたもので、半面は未加工である。削り跡は力強い。
見つけた場所は四国の、海から渓谷を10kmほど遡った海抜350mほどある山の中である。
3年ほど前の早春、私は椎の大木を見に、空寺の脇道を登りかけた処で、この石を見つけた。
現在、この川沿の景観は竹や杉、落葉林が入り混じっているが、境内は鎮守の森のようだった。たぶん1万年前は、こうした椎やドングリの巨木が一帯に大きな森を形成していたのであろう。
石器は何に使うつもりだったのか。結婚する息子への贈物だったのか。しかし、途中で、石斧造りを止め捨てたのは、ただごとではない。いや、帰り道での紛失か?
…この未完成の石器のおかげで、私の空想は1万年の時を駆け巡ることができる。
真島 俊一,2005.08,vol.005