道具学への vol.70 十二支道具の動物園~兎角 脱兎 兎小屋

i070.jpg 団塊世代はお覚えあろう幼い頃、ラビットの可愛ゆい鼓動が街々の路地・毛細血管まで活気づけた響きを。
 進駐米兵業務上疾走はジープ、日用徘徊車(スクーター)は米製パウエル。これをモデルに国産化したのが戦中最強中島飛行機、戦後すぐ改名の富士産業、現・重工。壊滅した生活の復興を振い立たせた兎車(ラビット)の響き、初産(ういざん)は1946年6月と、民(たみ)の家計状況からは尚早すぎたが、クルマ時代に先立つスクーター全盛は戦後初の兎歳(うさぎどし)(1951年)頃。
 ご存知ラビットランナーはマラソンなど走行ゲームのペースアップを誘うため、初走を脱兎の如く猛走する特命選手。兎車(ラビット)はたしかに戦後の生活復興ペースに、ことさらその気運に拍車をかけた。
 日本は兎歳をもう2回り(~1975)の内に高度成長を遂げたが、住居はまだ兎小屋だとECレポが喝破(1979)。実はこの兎小屋(ラビットハッチ)の語、その昔の英国での政策論争で(1939年)住生活配慮欠落を刺した鍵語(キーワード)だった(偶々(たまたま)だが39年、日本では兎歳)。
 さて21世紀初の兎歳(ラビットイヤー)、どんな生活革新に脱兎すべきか。
 08事件(サブプライム)から地域回帰へ、兎小屋不可避の都市型から地域に生きなおる工夫へ、本会でも提是(テーゼ)を磨きあげて世に問いたい。

写真左:RABBIT 1947 /出典:『富士重工業 技術人間史』(三樹書房、2005年)
写真右:ラビットSスクーター 1946年~ /出典:『国産二輪車物語』小関和夫(三樹書房、2005年)
跳兎シルエットが幼時から脳裡に深く刻印されている

(山口昌伴 2011/01)

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